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ブログ日記

38.8℃の春

 

2021年3月31日、深夜0時23分。

ただいまの体温、38.8℃。

私は高校時代から帰宅部名誉部長の名を馳せた女だ。外出自粛に関係なく、授業が終われば即帰宅し休日も家にいる超インドア派。国民の中でも最上級な真面目さでstay homeをウイルス流行前から保っていた。つまり、ひきこもりなのである。にも関わらず、だ。今、私の眼前には「38.8」と表示された体温計が冷たく鎮座している。

こんな高熱が出たのは、小学生の頃にインフルエンザの予防ワクチンを打った数日後、インフルエンザになった時以来だ。悪寒が全身を包み込み、ジョイコンを凌駕する震えが止まらない。全身一帯が鳥肌によりザラザラでサハラ砂漠も真っ青だ。ついでに私の顔も真っ青である。両親も検温したところ、父親は無事だったが母親に微熱があることが発覚した。これはもしかして、「黒」ではないか。1年間ずっと真面目に家にいたのに、心当たりなんかあるわけない。

だが今週に限っては、ひとつだけあった。つい4日前に、家族3人で近所の飲食店へ外食に行ったのだ。近々ではこの日以外、外出した記憶はない。同居している家族と近所の飲食店まで徒歩で向かい、家族で飲食するのは大丈夫だろうという認識が甘かったのだろうか。

しかし、こうして素人がおうちで想像を膨らませていても仕方がない。実際に検査しなければ本当に「黒」なのかはわからないのだから。我々はPCR検査を受けるべくオンライン診療ができる病院を予約すると、もうこれ以上出来ることはないとノソノソ布団へ潜りこんだ。哀れな私は、高熱と花粉症のダブルパンチで呼吸もままならず、布の海で溺れながら夜を明かした。

朝。一番早い時間で診療予約を勝ち取ったため、早速お医者さんとご対面である。事前に提出した問診票と共に、オンライン事情聴取が始まった。私は悲痛に満ちた結婚詐欺師の面持ちで全てを話した。29日の夕方ごろから腹下しと頭痛があったこと。30日は朝から不穏な寒気があり、夕方に全てを認めて検温したところ発熱が発覚。深夜には38.8℃のレコードを達成したこと…ここまで話したところで、お医者さんはこう口を開いた。

「ここ3、4日の間で、焼き鳥とか食べませんでしたか?この時期多いんですよね、中が生焼けの鶏肉を食べて食中毒を起こしちゃうこと。」

その言葉を皮切りに、私の脳裏には4日前の外食の映像が走馬灯のように流れた。

「地鶏専門店」「チキン南蛮」「地鶏の焼き鳥」「鳥刺し」……

執行猶予三年実刑判決。生焼けの焼き鳥どころの騒ぎではない。4日前の私は、ダイレクトな生鶏肉「鳥刺し」をモリモリ食べていたのだ。

鳥刺し。多くの日本国民には馴染みのない食べ物であろう。ここで簡単に説明すると、鳥刺しとはその名の通り「生の鶏肉の刺身」だ。鹿児島・宮崎ではスーパーで売られているほどメジャーな食べものである。私の両親はそれぞれ鹿児島・宮崎出身で、鳥刺しを日常的に食べる文化圏で育った。ちなみに私も一応鹿児島生まれだが、育ちは現在住んでいる埼玉なので、鳥刺しを食べたことはほとんどない。

両親曰く、これまで「鳥刺し」で当たったことは一度もないらしい。そのため「鳥刺しとして提供される鳥生肉は大丈夫」という認識のもとで、先日我々は「地鶏専門店@埼玉」でなんの躊躇もなく鳥刺しを食したのだ。しかし、あの瞬間は輝いていた私のイノセントな瞳も、今は食中毒を疑う厳しい視線で鳥刺しを見つめている。やはり本場ではない埼玉の店は、鶏肉の扱いが良くなかったのだろうか。

食中毒疑惑が濃厚になってしまったが、念には念を入れて、PCR検査も受けさせてもらうことに。そして、3日飲むと7日効果が継続するというブラックキャップのような抗生物質を処方され診療は終了した。

翌日4月1日。だいぶ熱も下がり、爽やかな気分でユーモアセンスのないエイプリルフールネタをトゥイッターで眺めていたら病院から電話がきた。PCR検査の結果である。予想通り、陰性だった。二審判決、食中毒有罪確定である。

家族で同じ鳥生肉を食べたのに、私だけやたら症状が重いのには納得行かないが、とりあえず一安心だ。「普段から鳥の生肉を食べ慣れている鹿児島・宮崎県人はカンピロバクターに強い」という都市伝説は、あながち間違いではないのかもしれない。

 

※食中毒現在進行形中のさなか書いた記事なので、ところどころ文章がおかしいところがあるようです。気づいたところは直しましたが他にもあるかもしれません。後で再度推敲します。ごめん!

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